残念な報告があります。
私の父・松山清二は、病気療養中の所、平成19年7月27日(金)午前8時13分、入院先の宇和病院にて静かに息を引き取りました。
ここに生前中賜りましたご厚情に対しまして、有難く厚く御礼申し上げます。療養中は遠路お見舞いいただき、また、葬儀に際しましては多くの方々より、ご香典並びにお供え物・弔電を賜るなど、故人もさぞかし感謝いたしておることと思います。
宇和病院には7月9日(月)より入院・療養をしておりましたが、気持ちもしっかりしやや元気を取り戻してきたので、26日(木)夕方には、「病院へのお見舞いにも大勢きてもらうので、髭をそって顔をきれいにしてあげよう。」と私が電気剃刀で父の髭を剃ろうとしました。私が髭を剃るのが嫌なのか、「かまん。」と父。「そしたら明日にでも剃ろう!」などと言っているうちに夕食が運ばれてきました。
「元気になってきたんで、飯が食べれるようになったら、はよ家へ帰ろうや、な。ご飯をたくさん食べてよ。」と言うと、「わかった。食べらい。」と答えるので、安心して「また来らい!」と言うと、ベッドに座ったまま片手を挙げて、私を見ていました。私は入り口の扉を閉めて帰ったのですが、それが最後の別れとなりました。
翌27日(金)朝、会社の朝礼を終えて病院へ行くと父は危篤でした。自分で家に帰る準備をしていたように思えてならないのですが、元気になってきたので自分でベットから起き出そうとしたときに気を失ったようでした。今日は、どれくらい元気になっただろう、と思いながら病院へ行ったのに、突然の出来事で運命なのでしょうか。父は、母と私と妻に看取られて静かに永遠の眠りにつきました。
父は、建築一筋の道を歩み、宇和町では最初に一級建築士の資格を取得。その傍ら趣味として、つり・ボーリング・ゴルフ・俳句などを楽しみとしていました。晩年には俳句に没頭し、松山青雲という若い頃からの俳号で昨年(2006年)夏、BS俳句王国に出演、兼題句・自由句ともに最高得点句としての栄誉でした。それが良き思い出です。
BS俳句王国(平成18年8月5日放送)

兼 題 「天の川」
(四点句)
銀 漢 や
遂 に 果 た せ し
逆 上 が り
青 雲
自由句
(四点句)
涼 し さ や
一 刀 彫 り の
鑿 の 光(かげ)
青 雲
28日(土)には午後7時から通夜、ご近所の皆さんとお別れをし、29日(日)には午前9時出棺、午後2時より葬儀を行いました。30日(月)には納骨を済ませました。
葬儀にあたりまして、宇和俳句協会の方々より弔句をいただきました。ありがとうございます。
テレビでの 笑顔偲びて 夏惜しむ 宗一
名を成せし 俳句王国 雲の峰 義憲
句友(とも)惜しむ 夏空蒼き 嗚咽かな 巌
句の思ひ 半ばを悼む 雲の峰 長生
ユッカ白し 悲しみ深く なるばかり 祝生
あまりにも 早きお別れ 花木槿 直子
やすらかに 涼しき黄泉路 ゆかれませ 道代
青雲忌と 稱ふ淋しさ 夏終わる 宗一
今頃、父も旅の道すがら、歳時記を開いて俳句を作っていることと思います。(平成19年7月30日記)
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