
| 岩と雪の殿堂・剱岳。 一般登山道の中で、最も難易度が高いと聞いていた。この山へ行くことはないだろう、とずっと思っていた。しかし、明治時代、柴崎芳太郎が陸軍陸地測量部でこの山の標高を2998mと測量したものの、三角点が設置されておらず、「点の記」がなく、最近(2006年)、国土地理院によって三角点が設置され、標高が2999mに修正されたという話題によって、剱岳が身近に感じるようになった。 また、来年2009年夏には、柴崎をモデルにした、「剱岳・点の記」がロードショーとのことで、今年7月にクランクアップしているそうだ。これも楽しみ。新田次郎の「八甲田山・死の彷徨」を撮影したカメラマンが今回は監督として10億円をかけて制作中とのことだった。その舞台が剱岳、ここなのだ。 山を登りはじめると、いつかは「剱岳」、と思い続けている人も多い。剱岳との出会いは、23歳の時。このとき、はじめてゴアテックスの雨具を買い、10月10日に立山縦走をした。その日が初冠雪で、20〜30cm積もっていたが、スノートレで歩いた。もちろん、靴の中は水浸し。山の知識がなかったのである。そして、剱御前小屋に宿泊して、箕面市の初めて会ったおじさんとビールを飲んだのだった。その日は、ガスで剱は顔を出さなかったが、翌日が素晴らしい晴天。窓も凍っていた。 今回、そのときと同じ雨具を持ってきた。25年も使っている!これは凄いことだ。靴などは完璧になった。2日間とも天気予報は、雨。しかし、かすかな望みを持って室堂へ向かった。ホテル立山で昼食を取っているときも雨が降っており、そのまま帰ろうかとも思った。ここまで来たのだから、どこか雷鳥沢か、剱御前小屋に泊まろうか、剣山荘まで行って明日雨だったら、登らずにそのまま帰ろう、などといろいろなパターンを想像し、雨具を着て地獄谷を目指した。 室堂を出ると、やや晴れ間も広がったりしたが、高曇りで視界は良く、立山・大日・薬師岳などよくみえた。また、アルペンルートのバス道路も美しい。雷鳥沢を過ぎると雨もたくさん降り始め、傘を差して雷鳥坂を登った。一歩一歩高度をあげていく。雷鳥沢のテントや地獄谷がどんどん小さくなっていく。 25年前に初めて雷鳥坂を下ったとき、延々と続くこの坂に嫌気がさし、ここへは絶対に二度と来まい、こんなに長い坂は嫌いだ、と思った。そのとき、大きなリュックをしょって登山者がこの坂を登っていたが、どれほど物好きなんだろうか、と思ったのを今でも覚えている。その物好きになってしまって、中高年になってここへ帰ってきたのだった。 剱御前小屋まで来ると風が出てきて、傘をたたんでカッパにした。剣山荘まで後は登りはない、などと安心したのがいけなかったのだが、ここ別山乗越から剣山荘までが思った以上に時間がかかった。岩場で道を間違えて、下りすぎたなどもあった。しかし、午後5時を過ぎて山小屋到着なんて、かなり迷惑をかけたと反省した。 剣山荘到着後、すぐに食事をとったが、そのときすでに夕食タイムは終了して、ひとりぽっちの食事となったのだった。しかし、生ビールが飲めるとあって、とてもハッピー、しかも剣山荘の生ビールはことのほか旨い。食事を食べ、自分自身で満足していた。午後7時頃には床に入り寝たら、午後9時に目が覚めて寝れなくなった。これは、よくあること。とても山小屋には弱いのだ。 夜中の11時くらいまでは寝付かれなかったような気がするが、翌日どうしても15時室堂発のバスがサンダーバードのリミットであることから、朝3時起きをすることにした。あまり、熟睡できないまま朝の3時がやってくる。起きる者は誰もおらん。一人で出発の準備。ここからは、売店もないので、財布もおいていくことにした。もたもたして、出発が3時50分になった。しかし、誰も起きてこないし、真っ暗。朝は来るのだろうか? どこから登るのかわからん、剣山荘を出て右に行くのか左に行くのかも実はわからなかったのである。しかし、そこは野生の勘を働かせ、剣山荘の左裏に登り口を発見!そこをぼちぼち登っていくのだが、真っ暗で道がどっちなのかさっぱりわからない。合っているか間違っているかもわからないまま、昨日見た道をイメージしながら進む。しばらく行くと真っ暗なのに鎖が出てくる。どこへ向かっているんだ!どんどん登っていくと、何やらピークらしい所に着いた。小さな立て看板が立っているが、雨で字が消えて読めん。しかも、まだ真っ暗。この分だと、ここが一服剱みたい。一服剱で休憩しているころ、やや辺りが明るくなったきた。 一服剱から道は下っていく。降りたところが武蔵のコル。ムサシ、ムサシと思っていたが、たけぞうだそうだ。ここで初めて前剱が闇夜の中に見え始める。目の前に岩の壁がある。なんじゃこりゃ、と思い座り込んで地図を出す。ルートは、その絶壁のように見え、ドカーンと目の前に聳え立っている前剱のピークに向かってつけられているようだ。「ここで撤退」そう思った。こんな剣な山、登って越えられるはずがない!そう感じたし、誰もそう思うと思う。前剣だけで視野の90%くらいを占め、剱岳はその向こうで全く見えない。 しかし、躊躇した末、行ける所まで行って引き返そう、そう思って歩き始めた。ガレ場を登った。まだまだ薄暗くて写真が撮れない。大岩、があったみたいだが、暗くて全くよくわからず。もう歩くだけ、と覚悟を決めて登っていったら、後から出てきた人に追いつかれ、そこが前剱の山頂だった。ここで、お互い写真を撮りあう。良かった、良かった、証拠写真が撮れた。その人たちは、4時半発だそうで、山頂まで2時間半で行く、と言っていた。 それにしても、時間が掛かりすぎている気がする自分のコースタイム。暗くて道に随分迷ったからなあ、とか、起動時間の掛かる馬鹿ちょんデジカメで1000枚くらい写真撮ったしなあ、などと言い訳を一杯考えながら、やっぱり掛かりすぎている。剱岳の登りを3時間以上掛けてしまった。とにかく、「何じゃこりゃ」と驚いて、先に進まなかったところがたくさんあったので、剱へ行く人は、しっかりイメージトレーニングしていって欲しいです。 平蔵のコル辺りで、60歳前くらいのスーパーおじさんに追い越された。何がスーパーなのかというと、朝3時に室堂を出発したのだそうだ。それで、朝3時50分に剣山荘を出た自分を追い越すのだ。一体、何者?という感じ。二人で来たので、二人連れかと思ったが、その人も追い越されて付いていけない、などとぼやいていた。その人は、鎖場なんか、子供が滑り台登るみたいに鎖頼みで登っていくのである。完全な自己流だよなあ。あっという間に先に行ってしまった。 そうこうしているうちに、カニノタテバイにやってくる。誰か先にいれば、それ見て登るのだが、前にも後にも誰もおらん。仕方ない、どうしよう、と思っていると後ろから若い単独の女性がやってくる。遠くで見つけたが、どんどんどんどんとあっという間に近づいてくる。カニノタテバイでおろおろしているとすぐ横まで来てしまった。何故、そこで追い詰められたのかわからない。せき立てられるように岩と鎖とピンにしがみついて登りはじめる。 はじめのうちは良かった。なんとか足場もしっかりしている。どんどん高度を稼ぐ。なりふり構わず登る。下は見ない。目の前だけ。と、最後の2mくらいがピンが2本あるが、どう登って良いのかわからない。その女性が迫ってくる。焦る。避けて追い越してもらおうか、と覚悟するが、タテバイで追い越してもらえる場所なんてない!ジタバタして、必死の思いで最後の1ピッチ、登りました。後でビデオで確認すると、何故か簡単にモデルさんは登っている。指導者がいればもっと簡単なのかも。 カニノタテバイ通過後、道を譲り、しばし休憩。そして、岩の切れ目を登り、裏をさらに登って、カニノヨコバイとの分岐へ。後はゴロゴロとした岩場を尾根伝いに登っていけば、しばらくして祠が見えてきたのだった。そのには、先ほどの女性とスーパーおじさんが休息をしており、すぐに写真を撮りましょうか、と声を掛けていただいた。 山頂では、ばちばち写真を撮るのですね、などと言われながら写真を撮りまくり、そのうちガスもきれいに取れて360°のパノラマを楽しんだ。平蔵の頭辺りで苦労している登山者を見ると、剱岳を征服した実感をかみ締めるのであった。しかし、祠は新しくなってはいませんか?設置されたばかりの三角点にもタッチ。約30分ばかり滞在して、頂上を後にした。 剱岳山頂に立ったときには、うれしくてうれしくて、もの凄い達成感があった。無理とも思っていた剱への挑戦だったし、途中、肝を冷やすような場面もたくさんあった。そんな緊張の連続だったので、写真も十分満足言えるほどは撮れなかった。というか、撮る余裕がなかったのだ。 景色も十分に楽しんだとは言えず、次回は是非ともゆっくり時間を取って、写真を一杯撮りながら剱に会いに行きたい。 P.S 今年は、NHK日本の名峰HPで、「2008年の抱負」というコーナーで剣岳へ行く、と宣言してしまっていた。だから、何としても行かなければならなかった、のかもしれない。 29日:室堂 13:30発 => 地獄谷 13:55 => 雷鳥沢 14:05 => 剱御前小屋 16:00 => 剱山荘別れ 17:05 => 剣山荘 17:35(泊) 30日:剣山荘 3:50am => 一服剱 4:25am => 前剱 5:50 => カニノタテバイ 6:50 => 剱岳山頂 7:35 => 山頂発 8:00 => カニノヨコバイ 8:15 => 前剱 9:00 => 一服剱 10:10 => 剱山荘 10:30 => 剣山荘発 11:20 => 剱御前小屋 12:40 => 雷鳥沢 13:50 => 室堂着 14:45 => 室堂発バス 15:00 => JR富山発サンダーバード 17:56 => ハービス大阪発宇和島バス 22:20 => 卯之町着 31日 6:00am タクシーで自宅へ帰る ※.剱岳へのコースタイムについては、今回何度もルートを間違えたので、そのたびに引き返したりして余計な時間がかかっています。槍・穂などと比べると、ペンキ印なども少ないので、真っ暗なときやガスが出たときなど、より慎重な判断が必要となってきます。 |
