まつやまワールド
焼岳 2393m
2010年10月10日(日)

<速報版>


11日、中ノ湯ルートから南峰を見上げる。噴煙を上げるピークは北峰


 10月10日(日)上高地の焼岳へ行った。この時期は、一番山へ行きたいときではあるが、何故かしら野暮用が多い。大きな予定はなくても、飲み会やちょっとした行事などで毎年山へ行けないのである。

 今年はそれを何とかしよう、と決心し、例え雨でも行くぞ!と堅い誓いをしたのであるが、週間予報では10日は最高80%の確率で雨となるなど、前途多難な焼岳行きとなった。

 四国から出て行くとなると、いくら速くても上高地から登り始めるのは10日の午後過ぎとなる見込み。焼岳小屋で宿泊予定とする。
 しかし、帰りのことを考えると、11日中に西予市まで帰るためには、上高地を午前10時頃には出発しなければならない、などタイトな計画。何しに上高地まで行くのやら、とも疑問に思ってくる。

 コスト面からやっぱり行きは夜行バスだよね。伊予鉄高速バスを利用して名古屋へ。ここからは、乗りたくはないけれどもJRしなの1号で松本まで。JRはやっぱりお高くつきます。

 松本電鉄で新島々へ、さらにバスに乗り換えて上高地に入る。これがくせもので、帰りのバスは超混雑状態となる見込みだそうで、整理券をもらっておかないと乗れないらしい。これで悩む。つまり、帝国ホテルで降りたいのだが、上高地バスターミナルまで行って整理券のゲットは避けられないようだ。

 本当は、釜トンネル入り口の中ノ湯から帰りは乗りたかったのだが、上高地バスターミナルからしか乗車は無理、という。ということは、下山も上高地ということになるジャンカ。

 思惑と違ってメチャメチャ落ち込む。仕方がない、上高地からのピストンにしよう。おまけに、朝飯を焼岳小屋で食べてから山頂を目指したのでは、その10時過ぎのバスには間に合わない。じゃあ、雨の中を山頂へ10日のうちに行くか、ということにする。


 田代橋辺りは観光客でごった返していた。
 一刻も早く焼岳に登りたいのであるが、どうせ明日8時過ぎには下山してくるので、上高地温泉ホテルで温泉に入れるかどうか確認しよう、と思い、観光客と一緒にホテルまで行く。

 るるぶに記載の通り、日帰り入浴は7〜9時と12時半〜15時半までだ。今日中に山頂を踏めば明日は楽勝、だった。

 12時10分に登山届けを田代橋袂で提出。工事用道路を大正池方面へ歩き始める。しばらく行くと不安になる。登り口がないのである。エアリアでよく確認すると、工事用道路が続くようだ。

 そのうちに登山口を発見。この辺りもそろそろ紅葉が始まりかけている感じ。
 やや湿っているようだが、なだらかで歩きやすい道が続く。日帰り組が降りて来はじめる。数十人と出会った。焼岳小屋まで3時間10分のコースタイムだったが、そんなにはかからないように思われた。

 沢を渡る頃から道の勾配が増し、ゆっくりと登る。そのうちハシゴが現れ、最後には長いハシゴ。紅葉もこの辺りまで下ってきている。この長いハシゴを越えれば、もう一登りで焼岳小屋となる。



11日、根性リベンジで再び山頂に立つ


11日、中ノ湯ルートの紅葉


10日、上高地温泉ホテルからジャンクションピークと霞沢岳を見る。観光客も多い


田代橋を渡った突き当たりにある西穂登山口


田代橋から焼岳登山口への工事用道路


焼岳登山道入口。工事用道路からこの登山道へ入る


焼岳登山道を行く。しばらくなだらかな登りが続く


沢を渡ってしばらく行くと、難所のハシゴが現れる


まず始めに、鎖場の渡りがある。この見える範囲程度の怖さがある


展望が開けてくる。焼岳上高地側斜面も紅葉が真っ盛り


霞沢岳も2000m付近まで紅葉が降りてきている


焼岳中腹から俯瞰する大正池


ジャンクションピーク付近の紅葉


長いハシゴ場。このハシゴが最後の難所となる


ハシゴ場直上部分


焼岳と展望台の鞍部。登山道は右側展望台のさらに右へと続く


展望台と言われるピーク


土砂が崩れ落ちた焼岳の沢。この土砂が大正池を作ったのか?岩盤ではなく、火山の噴出物が堆積した感じで、今も崩壊している。
この土砂は大正池に流れ込み、池面を小さくしていっている。


長いハシゴの後、ジグザグにしばらく斜面を登ると、「小屋まで121歩」の石が現れる。何故、121歩なのか、だが、もう少し掛かった


焼岳小屋は小さな小屋で、安曇村村営、の看板が掛かっていた。宿泊は、小屋裏の斜め天井部分で、夜中にトイレに行くとき、頭をぶつけてか黄色い悲鳴がしばしば聞こえた。
小屋は満員で、40名弱くらいの宿泊者がいた模様。トイレは外にあるのだが、そこへ向かう途中、他人の手を踏むか頭を踏むかみたいな感じだった。


焼岳小屋から、展望台経由山頂へ、の登山道入り口


 焼岳小屋には午後3時頃到着。早速チェックインする。寝所は小屋裏の奥のようだ。まだ、ガスの中ではあるが、時間がたっぷりとあるので、取りあえず山頂を踏んでおくことにする。
 翌日、天候が悪い場合はすぐに下山できるからだ。このときは、もし天候が回復すれば焼岳小屋から朝、山頂へ行って、反対側の中ノ湯へ下山することも考えていた。しかし、それはとんでもない大変なことだった。

 焼岳小屋を10日午後3時15分頃空荷で出発。「山頂までコースタイムは1時間10分、みなさん空荷でいかれますよ。」と、小屋の主人が言っていた。それなら4時半くらいには着くであろう、という見通しだった。
 ペットボトルと雨具の上だけをもって山頂へ向かう。しかし、この判断は大いに後悔を招くことになる。

 焼岳展望台辺りからガスは一層濃くなり、風も強風となった。Tシャツではさすがに寒い。一旦下って登りに差し掛かると、雨も降り出した。
 雨具を着てさらに登る。風が強く、自分では何ともないのだが、意識が薄れていく感じがする。体が動きにくい。強風のせいだろうか、と思いながら歩く。体温が下がって思考が上手くできないのかとも思う。また、火山ガスの影響だろうか、などいろいろ考える。

 とにかく、展望は全くなった。何を求めてこの辛い状況の中を歩くのだろう、引き返せばいいじゃないか。山頂までの登り、焼岳小屋から1時間10分というコースタイムから、駄目なときはいつでも帰れる、という危険な安心感があった。

 途中、音を立てて蒸気を噴出しているところがあった。さすが活火山。もう山頂も近いのか、とも思ったのだが、ここから先が長かった。
 下りはここから小屋まで20分と書いてあったから、登りで言うと30分くらい来ているのだろう。(午後3時45分だった)ということは、あと山頂まで40分かあ。もうこの山には誰もいない、と思っていたが、下山者3組と出会った。若者2人と二組にご夫婦だった。

 その後、体調のせいもあってペースが落ちる。相変わらず強風で、帽子が飛ばされそうになる。麓を登り初めの頃、登山道で出会った下山者が、「山頂のガスの切れ間から展望が楽しめた」と話していたが、もうそんな期待はもてるような気象状況ではなかった。

 山頂への道は、北峰への急勾配からトラバースへと変わる。その頃から、山頂の噴気口からのゴーゴーという噴気のものすごい音が聞こえてくる。中ノ湯への分岐を経て、最後の登り。噴気口の横を通り、何もない北峰頂上へ着く。
 ガスで何も見えない。
 山頂2393mを示す標識があるのみだった。セルフタイマーで写真を撮って、長居する理由もなく、下山開始する。

 ガスが濃いため、眼鏡の表裏に水滴がついて、辺りが暗く見える。しかし、それは暗く見えるだけでなく、それからの試練を暗示しているかのようだった。

 


この上が展望台、らしい。ガスで何もみえない。これはよく見えている方だ(10日)


展望台。ガスの中で風も強い


展望台と山頂の鞍部。この向こうに焼岳山頂が聳えているはず


焼岳は活火山なので、中腹からも硫黄ガスが噴出していた。そのせいか、意識も朦朧として遠くなっていくような錯覚を感じた。強風の成果、単に疲れのせいかもしれないが。
この後は、強風とガスの世界で展望などは全くない。
山頂での証拠写真も悲惨なものだった。10日の写真はこれでおしまい。


ここからは、11日の根性リベンジ登山の写真になる。
ここまでは、朝の暗闇の中で写真が撮れなかった。昨日の写真と同じはず。
ガスの中腹噴出口から上は、こんな感じで北峰を見ながらの登りとなる。


北峰中腹から、大正池方面を見下ろす。この分では、頂上でもガスが出るかも、と不安になる。


日の出。前穂・明神岳がガスの中から頭を覗かせる。奥穂は左のガスの中


焼岳小屋から頂上を目指した場合、北峰を回り込んでトラバース、中ノ湯分岐より頂上へ登る


中ノ湯分岐までもう一息のところ


中ノ湯分岐付近から北峰を見る


 10日、午後5時前から北峰より下山開始。
 秋の日はつるべ落とし、と言われるとおり、焼岳は一気に暗くなっていった。濃いガスのため、午後5時にしてはかなり暗い。この時期の明るさの感覚が、四国の西予市と北アルプスという緯度経度の差が大きかったのか、気象状況のためか、とにかく自分の予想とは大きく違っていた。

 さらに、いつも持っているヘッドライトと携帯電話が、空荷のため焼岳小屋に置いてきてしまっていた。そのことが大きなプレッシャーとなってきた。このまま真っ暗になったら、果たして下山することが出来るのか。しかし、時間的なことを考えると微妙にまだ明るい内に小屋までたどり着くはず。そう信じるしかなかった。

 焦って下山するもののペースが上がらない。水分が欲しいわけではないが、ペットボトルのお茶を飲みながら歩く。食料は全く持ち合わせていない。寒いわけでもなく、ちゃんと下山すればいいのだが、強風とガスと迫る暗闇が、一抹どころか、これまで感じたことのなかったような恐怖を突きつけているのだった。

 下りながら、岩に付けられている白いペンキの○印を必死に探し、次の○印はと目を見張りながら進む。中腹の噴気口まで下山してきたところでついに登山道がはっきりと見えなくなってきた。小屋まで20分と書いてある。午後5時20分頃くらいになっていたと思う。○印を見つけることはできなくなった。

 もう明るさがほとんど残っていない登山道をさらに下山する。看板が倒れているところがあった。どうやら、まだ道を間違わずにあるいているらしい。これは登りに見ていたので、大いに安心。また、道も緩やかになっていった。

 そこから下は、登りは登山道をはずしていたみたいで、下りは登山道脇に生える笹などの草のシルエットを頼りに歩く。道に石があるのか枝が出ているのかなどはもうわからない。
 鞍部にまで降りることが出来れば、あの大きな岩があるはず!それが見つけられないと道を間違っている。

 ひたすら自分を信じて歩き、やっと岩のシルエットを発見。安心した。中尾温泉分岐も確認。後は、暗闇の中、焼岳展望台を登り返して、さらに下れば小屋にたどり着く。登山道はもう見えないくらいだが、何もかもシルエットの中、展望台へとがむしゃらに手と足とストックで手繰りながら登る。

 展望台からの下りは1カ所のはず。ややガスが薄いのか、道だけはどっちの方向に続いているのかかろうじてわかる。岩が出ていたり石ころがあったりするのだが、不思議とそれは予知できて、ゆっくりながらも進むことが出来た。

 そのうち、小屋の明かりが見えてくる。午後5時45分小屋へ到着。
 反省と問題を大いに残した山頂へのアタックだった。精神的に疲れ果て、もう翌日に山頂へ行こうというエネルギーは消え失せ、朝食を取ったら直ぐに下山して、上高地温泉ホテルで疲れを癒して、上高地バスターミナルからバスに乗って帰ろう、と決めたのだった。


 小屋の夕食は、午後6時から。2回に分けられていたようで、後の班だったみたい。メインディッシュはいわなの佃煮と漬け物。魚肉ソーセージとマヨネーズを持って行ったのが良かった。
 お陰で、消灯まで同じテーブルだった人たちと山の話で盛り上がった。山頂アタックの際降りてこられた一組のご夫婦と山ガール二人の計5名。

 ご夫婦は明日上高地へ下山するという。予定は自分と同じ。山ガールはガスの中、今日の山頂アタックを見合わせていたため、朝、山頂経由中ノ湯へ下山するという。時間的にも金沢と東京から来ているらしくゆとりがあり、午後2時のバスを予約しているそうだ。
 自分の場合、午前10時40分のバスを予約しているので、全く中ノ湯に降りていたのでは間に合いもしない。やっぱり、上高地下山、と思いながら午後8時の消灯を迎える。朝食は5時半から。

 山小屋の夜は眠れない。これはわかっていることだ。
 普段は家であれほどぐっすり気持ちよく眠れるのに、凄い違いだ。疲れているのに。神経が高ぶっているのか。いや、満員で詰め込まれている上に、鼾に歯ぎしり、寝言に屁や悲鳴など、お互い様ではあるが、、、仕方ない。

 結局、寝られないので夜中にトイレに行く。大勢が寝ているので足の踏み場もない。ヘッドライトで照らしながら、慎重に抜き足差し足で、梯子を降りて外に出る。
 そしたら、なんと満天の星。
 夕方はあれ程強風が吹いて、ガスが出て、雨こそわずかだったが、酷いもんだった。こんなにも天気が変わるのか?


 それじゃ、予定変更。あくまでも、10時40分には上高地バスターミナルへ行かなければならい。となると、中ノ湯ルートは荒れているらしいから、新中ノ湯ルートを下山しよう!そこから、車道歩きで釜トンネルまで。地図で見ればくねくねの曲がり道だが、30分くらい?まあ、なんとかなるだろう!!

 しかし、朝食を取っていたのでは絶対に間に合わない。どちみち、頭を付き合わせていた人の鼾で1時まで眠れてないのだから、朝まで起きていて、4時から準備、4時半に出発することにした。

 11日、午前4時半には、年配の女性2人が「4時50分の日の出を見る」と言って焼岳展望台へ向かっていった。
 えっ、それって1時間間違ってないかい!。展望台でお話をすると、とにかく、御来光までそこで待つのだそうだ。それから、空荷の若者4人組が後を追ってきた。山頂ではこの若者に写真を撮ってもらう。

 真っ暗な中、ヘッドライトの明かりを頼りに登る。展望台から下り、大きな岩の横を通り、中腹の噴気口、急な登り、トラバースを昨日の通り登り、日の出の頃山頂到着。

 昨日とは全く違う風景とお天気!根性のリベンジ登山となった。
 お釜も素晴らしいし、南峰もこんな風に聳えているのか、乗鞍岳・笠ヶ岳・南アルプス、それに穂高に槍が見える。
 リベンジを果たさずにもし帰っていたら、本当に何をしに来たのかわからなかっただろう。

 下山は新中ノ湯ルート。途中から中ノ湯ルートと分かれる。
 こちらの方が、紅葉が鮮やかで美しい。トップを切って下山、と言われたのだが、2人ほど先行していたはず。中ノ湯ルートで釜トンネル方面へ向かったのだろう。
 11日の天候は素晴らしく、新中ノ湯ルートからの登山者は数百人はいたと思う。

 吊り尾根から少し下ったところで、中ノ湯ルートからの登りトップの単独の人と会って言葉を交わす。どうも新中ノ湯登山口では、釜トンネルまでの交通手段はないようである。車でこれる人が羨ましい。

 鮮やかな紅葉と焼岳を振り返って楽しみながら中ノ湯へと向かう。もの凄い人人人で、すれ違いに余計な時間が掛かる。足下も上高地ルートよりもぬかるんでいるところがある。

 まだ、これから登ろうという人もいる、午前8時50分、新中ノ湯登山口の無事下山。なんとか、10時40分のバスに間に合いそうである。
 ほとんど、登山口まで降りてきたという頃、このルートで初めて出会った愛知県東海市のUさんが小走りで下山してきて、自分を追い抜いていった。
 「すごく速いですね」などと、また言葉を交わし、「登山口から釜トンネルまで車に乗せてもらえませんか」、と頼んでみた。

 気持ちよくOKしてもらい、新中ノ湯登山口から釜トンネルまで便を借りることができた。それはそれはラッキー。地図で見た以上に長く、時間が掛かりそうな距離だったからである。助かったあ。

 Uさんはトライアスロンをやっていたそうで、体型が自分と違ってはがねみたいな感じで、身軽で走って登るようだ。甲斐駒と仙丈岳も両方1日で往復したらしい。そんな人が世の中にはいるものだ。

 また、見た目には20代に見えたのだが、実は48歳と私と1歳しか変わらなかったのでまたまた驚いた。ファッションのせいか?走り、のスタイルだ。

 松本ICまで行くのでどこでもいいですよ、と言われたので、温泉を止めて、新島々で降ろしてもらうことにした。感謝感謝。

 お陰で、12時53分松本発「しなの」に乗る予定が、10時53分発に間に合った。その結果、21時42分西予市着の予定が、19時45分に帰ってくることが出来た。やっぱり、遠いようで近くない上高地だった。
 
 
 


中ノ湯分岐から南峰を見る。吊り尾根の向こうにお釜がある


乗鞍岳


北峰の噴出口。ゴーゴーと音を立てて勢いよく蒸気を噴出している


山頂付近から見た北峰噴出口


焼岳山頂にて。槍・穂高をバックに


大正池を俯瞰


日の出と共に、奥穂も姿を見せ始める


南峰には登るルートがないが、本当の最高地点は南峰にある。焼岳は北峰を山頂としているようだ


お釜。池面まで行くルートはない


飛騨の名峰・笠ヶ岳も火口壁の間から見える


下山路から見た北峰


焼岳南斜面の紅葉


ガスの中をトップを切って中ノ湯へ向かう。ハイシーズンとあって、数百人の登山者と出会い、挨拶を交わした


焼岳南面の中腹の登山道。中ノ湯まであと1時間という辺り。道はぬかるんでいて、歩きにくいかもしれない。

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